2006年12月31日

ローゼンメイデンは「EVA」になれたのか

・20世紀の作品と21世紀の作品

優れた娯楽作品は、その作品を取り巻く世界、即ち現実世界の経済、文化、その他諸々の要因を取り込み、また影響を与える。相互作用をもたらす力を備えたものが多い。

なぜならば、ひとつにはその作品自体が商活動そのものであるからだ。商業を忘れた作品は絶対に大成しない。かと言って、商業「だけ」にフォーカスしようとして、徒花となってあっと言う間に消え去る作品もまた多い。これは売れんがために表現を忘れてしまう、もしくは意図的に捨て去るため、そうなるのである。

ローゼンメイデン。現状のこれは、シリーズを超え、サーガに至れるかどうかといった段階を目指すか、もしくは、そのまま終わるかといった段階にある。個人的にはどちらでもいい。ダラダラと続けて命脈を磨り減らすのも、ある程度で区切りをつけて次に移るのも、どちらも戦略である。

EVAを比較対象とするのは困難である。一言で言うと時代が違う。向こうはまだ「パソコン通信」が幅をきかせていた時代に放映されていた。深夜ではなく、夕方に放映されていた。ガンダムSEEDではなく、ガンダムWがいた。同じ面もある。時代の鬱屈を取り込んだという点、鬱屈が未だ解消されていないという点。これは経済の話である。

EVAは不遇だった。あれだけ売れて不遇だったというのは変な話だが、制作当時、カネに困っていたのは隠しようがない。作品にも如実に表れている。一言で言うと貧乏くさいのである。ローゼンだって、真紅の顔がどアップで出るたびに僕は未だにハラハラする。ただし破綻寸前で制作されているのはローゼンだけじゃない。みんな一緒の搾取率の中で作られている「ジャンク」なのである。それがアニメだ。

一言で言うとローゼンメイデンはEVAにはなれない。しかし、なる必要もない。
真紅と水銀燈という優れたキャラクターを放出したことに意義がある。
ひとまず、そんな作品である。
posted by のり at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ローゼンメイデン・NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月19日

最近思うこと

・水銀燈物語にタイトル変更

した方がいいのではないだろうか。理由:

1) 悲劇のヒロイン
2) 行動原理が真紅より明確(真紅殺してアリスになる!)
3) 真紅よりかわいい
4) 真紅より強い

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posted by のり at 18:08| Comment(14) | TrackBack(0) | ローゼンメイデン・NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

悪い水銀燈

ちょっとこの声優を見てくれ。こいつをどう思う?

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ま、ついこないだまでラクス・クラインでブイブイ言わせてたわけで。
ちょっと勘違いしてアタシは水銀燈よ!? ってなっちゃうのも無理からぬ事ではあるが。

だが、ちょっと待った。
声優とアニメは全く別のものだ。
単に、ビジネスの仕組みが似通ってるから混ぜて売り込もうとしているだけで、お客の錯覚を上手く利用しているだけに過ぎない。

声優なんてアニメのパーツの一部に過ぎないし、ことさら特定のアニメに迎合しようとするのは声優自身の存在意義を自ら貶める愚劣な行為だ。
ま、売れりゃそれでいいんなら別ですが。

しかしどうなんだ、ぶっちゃけ微妙じゃないのか、コレ。
posted by のり at 21:09| Comment(5) | TrackBack(0) | ローゼンメイデン・NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月06日

ローゼンメイデンの「弱点」

割と良く出来たこのアニメにも、もちろん弱点は存在する。
一番判りやすいのは顔のどアップだ。
多用されたら危険信号と見ていい。

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世の中にはスクロールアニメと言うものが存在する。

キャラクターの立ち姿の止め絵を足元からスクロールするカットだけで構成される昔の脱衣麻雀ゲーのようなアニメのことだ。

キャプ掲示板、ブログ、その他雑誌記事なんかじゃパッと見は良さそうに見えるのであまり問題にならないのだが、なんせ止め絵なので確かにTVで放映されてはいるが、そもそもアニメではない。
視聴者をナメた手法であると言える。

製作コストを抑えつつ、最低限の見た目を確保しようと言う猿知恵から生まれた技法だがこんなもんで騙されるバカな客が多いのだから仕方ない。
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ローゼンにはさすがにここまで露骨なのは少ないのだが、代わりに顔のどアップが多くなる事がある。
↓特に真紅。
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うちはせいぜい20インチのPCモニタで見てるから別にいいのだが、30インチ以上とかのプラズマテレビや液晶テレビでローゼン見てる人には少々ツライだろう。
なんせ車のタイヤよりデカイのである。

と、こう書くと絶対に誤解するバカが出てくるから一応書いておくが、表現としてのアップは必要不可欠である。例えば水銀燈がヒキオタのガキを一喝するときの:
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怒りの表現にはアップは至極適当なのだ。
問題にしたいのは、無用なアップだけである。

ただし、一概に製作側を責められない部分は存在する。アニメはタダで作れるわけではない。それどころか、人件費の塊である。

必然的に人件費の安い特定アジア諸国に仕事を投げなきゃ作れないわけで、そんななかで、見た目崩壊的なダメージを回避しつつコストを圧縮せよと無理な努力を要求されると、ズームとかパン、バンクでどうにかしたくなるのが人情なのだ。

本質的にはアニメの金回りの問題(中抜きバリバリで製作側にカネが回らない)であって、こんな小手先のテクニックで誤魔化してる方も本意ではないと思う。

本気でやってたら単に品質の低下であり、客に見透かされて客離れを招く以上、長期的には有害でしかない。いっそ固定画の画ニメになってしまったほうが判りやすいだろう。
posted by のり at 14:14| Comment(1) | TrackBack(0) | ローゼンメイデン・NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月27日

「薔薇乙女の物語」はなぜ民衆に許容されたのか

http://www.tbs.co.jp/rozen-maiden/

安易なスターシステムを採用した他競合番組を横目で見つつ、正統的な「続編」で攻めて来た印象がある。実際どうなのかは今後も見ないと判らない。

●前作の成功要因は以下の通り:

 ・画像掲示板の隆盛と作品のピークが重なって、シナジーが生じた。
 ・暴力の肯定と描写 (最終回は鉄拳制裁!)
 ・ヒキオタの精緻な描写 (一般人にはなかなか見る機会がない)
 ・所謂「SD」系ドールがアニメ化したらという妄想の早期具現化
 ・移動できる範囲を限定し、閉鎖空間のアツいドラマとした
 ・無駄のないキャラ設定 (造形と性格づけ、声優のチョイス)
 ・マーチャンダイズ展開はDVDとマンガにほぼ絞った。
   ↓
 ・あんまり変なグッズを出さなかった(変なドールとかは客も買わなかった)

総じて、ウケて当然と言った感じの作品であったと言える。

アニメには必ず存在する「作画と脚本の崩壊」を最小限の犠牲で乗り切った点も忘れてはならない。
糞みたいな回も絶対にあったはずだ。だが、記憶に残っているだろうか?

さらに言うなら、ローゼンの成功自体、コゼットの肖像を完全に捨て駒にする事で成立しているのだが……。その辺は送り出し側の展開戦略も多分に絡んでくるので、何とも言えない。どっちがウケてもいい戦略だったと考えれば、実にクレバーなリスク分散だと言える。ただ倉橋君、オマエは病院に池。ジュンは学校に池。

さて、どうなりますかね。
posted by のり at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ローゼンメイデン・NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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